無力からの脱出  15歳~

高校の入学式は親友と久し振りの再会だった。互いの近況を分かち合い親友にも彼氏が出来て幸せだと話してくれた。学校では私の事を知らない生徒ばかりだったので平和に過ごせた。授業も優秀ではなかったが彼の家業の為にという目標があったら頑張れた。

夏が近付く頃親友と遊びに出かけると親友の彼氏が友達を連れて来た。顔が良く細身で高身長の男は学校へは行かずとび職をしていると話した。親友と遊ぶ度に顔を出す男の見た目に惹かれていた。交際を申し込まれ同棲中の彼が居る事を伝えたが見た目の興味に惹かれていた私は承諾した。彼が学校へ行っている間に家を出て合鍵をポストに投函し女の暮らす家に戻ると女より少し若い男が居た。女は留守だったが我が家のようにくつろぐ男を見て居場所は無いと感じた。

見た目の良い男は働いていた事もあってか頼もしく思えたが金遣いが荒かった。自分で稼いだ金を何に使おうが関係ない!と、払えるはずが無いにもかかわらず車を買ってはガソリン代が無いからと返却するような調子だったが男の見た目への興味が勝った。男を見ていて働いて自由奔放に生きれたら良いな。と思った。

その日から学校へは行かず仕事を探したが15歳の女を雇う会社があるはずも無く親友の彼氏に紹介してもらった塗装屋に送迎と食事付き日払いという好条件で働ける事になった。毎朝自宅近くまで迎えが来て現場へ行き初日は段取りなどさっぱりだったが親方からの指示を何度も頭の中で繰り返し覚えた。養生テープの作業は神経を使ったが親方に褒められ楽しく仕事が出来た。斗缶を初めて持った時は腰が折れるかと思ったが少しづつ体が慣れるもので作業がはかどるようになった。肉体労働だったが制作の過程は楽しく 仕上がった物件を最終確認しお客様の喜ぶ姿を見るまでの緊張感はこれまでに味わった事のない感覚だった。

これまでは食べる為の労働だったが金銭の余裕が出来る事にワクワクした。親友と親友の彼氏と男の4人で繁華街へ出て夜通し遊んでいたが男達は会う度に金が無いと言い金策の為に一緒になって万引きを繰り返した。店員の目を盗み棚の端からガサーっと腕で集め袋に入れた。一度行った店には行かないという暗黙のルールがあった。最初こそ躊躇したが捕まらないと分かってからは盛大に盗んだ。帰宅しても男が居て居場所が無いと話すと男を追い出すという目論見で私の家が溜まり場になり男と女は家に寄り付かなくなった。ある休日盗みを終えた男達が帰宅してしばらくすると警官が訪ねて来た。男達を探していて見つかったら連絡が欲しいと言い帰って行った。男達は玄関のノックで危険を察知し押し入れに隠れていたが家の周辺に警官が居ない事を確認するとすぐに家を飛び出した。翌日男は留置所の中だった。自分も捕まるのか?と仕事に身が入らず親方に呼び出され事情を説明した。

帰宅途中車が綺麗な温泉宿に止まった。新しい現場だと思い車から降りると親方が豹変した。50歳をとうに超えた性欲丸出しの汚らしい顔を見せ「そんな男は捨てて俺の女になれ!金はいくら欲しい?」と…。気持ち悪かった。温泉宿から家まで1時間もかかる帰路を考え丁重に断った。納得する様子を見せなかったが帰路を走る車中心穏やかでは無かった。その日の日当はもらえなかった。翌朝迎えのクラクションがしつこく聞こえたが無視を決め込んだ。

私のやりたかった事はこんな事じゃない!と、その日のうちに学校に退学届けを出し美容室の面接を受け翌日から働ける事になった。最初のうちは物の名前や場所を覚え雑用が主だったが閉店後の練習は夜遅くまで指導してもらい出来る事が増えていく毎日が楽しくて充実していた。だが男が留置所から出て来ると男に会う為に仕事を休む日が多くなった。

妊娠した。

男はうろたえ親を交えて話しがしたいと言う。女にも事情を説明すると驚きはしたが何も言わなかった。女を連れ男の家を訪ねた。産むことしか頭に無かった私に男の両親から留置所に入る事になったのはあなたのせい。子どもなんか欲しくない。金は払うから始末して。と、中絶の同意書を差し出し私の意見も聞かないまま病院の予約をしていた。高圧的で一方的な言葉に男も女も賛同していた。産む事を訴えたが私とお腹の中の小さな命は無力だと感じた。その場から逃げ出し産み育てる事も考えたが目の前でヘラヘラしながら親の言う事に頷き賛同する男に失望し中絶を受け入れた。

翌日同意書と茶封筒に入った現金を持って一人で病院へ行った。手術台に上がる時の罪悪感は計り知れず麻酔が入るまでお腹の中の小さな命に心の中で何度も謝った。手術を終え病院から出ると男が待っていた。何か言いたげな男を無視して帰宅し誰も居ない部屋で泣いた。これまでの経験を遥かに凌駕する罪悪感と喪失感と自分に対する嫌悪感が入り混じり自分を恨んだ。

翌日仕事に出ると店長に呼び出された。「休みが多いと信用を失う。今変わらなかったら今後も変わらない。これからの人生を良くも悪くも選択して決められるのは他人じゃなく自分だけ。」と話し県外への転勤を強く進めてくれた。即答で快諾した。閉店後練習が終わり店を出ると男が待っていた。連絡が取れない事をブツブツ言いに毎日来ていたが男を見ても何の感情も湧かずとても冷静だった。転勤までの1週間男の存在を無視した。

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