学年が上がり受験への指導が熱くなる先生を余所に私の心は空虚なものだった。成績は下がる一方で勉強に付いて行けず給食の為ですら登校する旨味を感じられなくなった。女が働きに出た事で以前のような いや以前以上に貧困を味わう事になった。
ただでさえ生活が苦しいのに女は宗教に没頭した。何度か強制的に連れて行かれ入水式を受け信者用の名前も貰ったが私には到底理解出来なかった。宗教の為に収入の10分の1をお布施として持って行く女に憤りを感じた。食事すらまともに取れず風呂にも入れず人として生きる為の生活が出来ない状況で学校に行きたくなるはずも無く たまに女には内緒で祖母を頼ってご飯とお風呂を使わせてもらい久し振りに学校へ行っても受験を目標に学校生活を送る生徒との距離は遠く感じ そのうち学校へ行ける日は保健室へ登校し給食を食べて帰るようになった。理由は様々だったが似たような家庭環境の生徒が保健室登校するようになった。
ある日いつものように保健室に登校すると親友がいて驚いた。久し振りに顔を見た親友は今までのような元気が無かった。聞けば自宅に母親の連れた男が出入りしていて精神的に参っていると話した。お互いの近況を話し励ましあった。親友とあてもなく時間潰しの為繁華街へ出掛けるようになった。中学生が学校へ行かず出掛ける姿は目立っただろう学校で噂になっていた。それを聴き付けた先輩に目を付けられ校舎裏に呼び出されボコボコにされた。殴られている間 痛い事よりも何も無い何も出来ない普通の暮らしが出来ない無力な自分が情けなくてボロボロに泣いた。翌日顔中痣だらけで口を開くのもやっと。この日から登校拒否が始まった。学校から女にも連絡が入ったようだったが「後悔の無いように生きなさい」と告げられた。
梅雨の頃家の中に少しづつ中古の家電が運ばれるようになった。そのころから家には全く帰らず繁華街と親友の家の往復だった。バブルが弾け平成になって少し経った頃だったが繁華街にはまだ人が溢れていて明け方まで混雑して賑わっていた。初めて会う男に声を掛けられ一晩中ドライブして遊び周り夜明けを迎えるのが当たり前になっていた。所持金が無くてもカラオケに入店し歌っていると知らない男達が当たり前のように部屋に入ってきて一緒に楽しく歌い支払いは男が済ませ帰りのバス代が無いと言えばお札を渡してくれた。お金を稼がなくても生きていけた。ある日いつものように歌っていると部屋に入ってきた男達の中に口数の少ない19歳の男がいた。会計を済ませた後まだ話足りないからと口数の少ない男の一人で暮らす部屋で昔からの友人だったんじゃないかと思えるほどアホみたいに他愛も無い話しで盛り上がった。口数の少ない男は人見知りだったようで時間が経つと軽快に喋る姿を見せ楽しい時間はあっという間に過ぎ夜通し喋り明かした。男達は専門学生で学校があるからと私達にバス代を渡して解散し皆で部屋を後にした。その日の夕方男の事が気になった私は部屋を訪ねた。男は驚いた様子だったが笑顔で出迎えてくれ今朝までアホな話しをしていたのに2人きりだと緊張した。私が男の事を気になっていると伝えるとしばらく黙り考え付き合う?と、返されたので頷いた。その日から私が転がり込み同棲生活が始まった。
男は毎月生活費として15万円の仕送りをもらい生活していてお金に困ることは無かった。男の家は駅から近いマンションのワンルームで部屋からの景色が良く部屋の中も程よく片付けられていた。男が学校へ行っている間は家事をして待った。学校へ行くように諭してくれる事もあったがこれまでの事情を話すと学校の話しはしなくなった。男の実家は事業をしており父親を小学生の頃に亡くし父親の後を母親が継ぎお金に困らない生活だった。母親が仕事ばかりで寂しい時もあったようだが元教員の祖父母に面倒を見てもらい兄弟で仲良く過ごす生活だったので互いに少し似た境遇ながらも私のような生活が現実としてある事にショックを受けていた。
男と女の関係になるまでには時間がかかった。異性と初めての交際で今まで色気より食い気だった私は子どもだった。人間として好意を持った男に対してSEXを想像出来なかったが男からすればやきもきしただろう。数週間後の就寝中ふと目が覚め目の前で無防備な寝顔を見せる男に優しさを感じた私は体を許したが衝撃的な痛みに耐え快感とは程遠く私にとって子どもから女になるという修行だった。
高校受験を間近に控えた頃男の家に学年主任と生活指導と担任が顔を揃えて私を訪ねてきた。私の留守中で男が対応し散々言われたようだったが私の家庭事情やこうなるに至った経緯を話すと納得はしないものの女と連絡が付かずどうにも出来なかった担任は受験を受けるか受けないかの連絡だけでも欲しいと伝言を残し帰って行った。帰宅した私に事の顛末を申し訳なさそうに話す男の優しさにいつかこの人と結婚して家業の助けになればと思い美容師になりたいという気持ちもあったが高校受験をする決断をし学校へ連絡した。学校へ行く為制服に着替えていると初めて見る私の制服姿に「本当に中学生なんだなぁ」と見た目が老けていて男より年上に見られる事が当たり前になっていた私の顔をまじまじと見た。久し振りの登校は職員室だった。2年生になってしばらくしてから1度も学校へ行かなかった私は担任が誰なのか分からなかったが案内されるまま席に着き話しを聞いた。私立3校の受験を申請し書類を女の暮らす家のコタツの上に置いて家を出た。受験の当日久し振りに会う友達は皆緊張した様子だったが受験対策もせず面接がある事を何となくしか聞いていなかった私は平常通りだった。緊迫した教室でテストが配られ合図とともに一斉にめくられる紙の音に遅れてめくる私の紙の音が異常に感じた。周りの生徒が一心不乱に鉛筆を走らせる音は私の心を少し焦らせたが解ける問題を探し出し回答するので精一杯だった。集団面接は目の前の大人に臆することなくハキハキと臨機応変に対応することが出来た。
数日後3校全て合格したと担任から連絡があった。出席日数も無く点数を取れなかった私は合格し中学入学から必死に勉学に励んだ生徒が落ちた事に受験というしくみに不条理を感じた。それでも高校進学という波に乗る為家へ帰った。女はお金を用意していた。初めて見る大金に驚くと「こうなると思ってなかったから借りてきた。」と言う女に連れられ制服購入や学校への入金を済ませた。卒業式の日の夕方 担任が卒業証書を持って訪ねてきた。あまり良い思い出の無い中学校生活終了と書かれた立派な紙を見てこれまでの3年を思い返しなぜか切ない気持ちになり涙が出た。